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なんとなく政治の話

なんとなく政治の話。

日本のTPP参加が承認されそうだという。
TPPの参加10カ国のGDP合計は日米で90%を占めるし、アメリカは日本から搾取したいだけだろうとか。いやいや今乗り遅れてはこれからの国際関係に支障をきたすとか。果たしてそれは国益になるのかとマスコミは話題にする。
世論調査では参加すべきだという意見が多かったり、ネットではデメリットばかりだから参加するなという意見が多かったり。


近年中韓との軋轢は増すばかりである。尖閣諸島や竹島の問題。従軍慰安婦。
敵意を向ける相手がいれば抜け目ない政策などなくても簡単に国民の顔向きを揃えることができる。
反日政策とは非常に簡単なものだ。彼らが様々なことを捏造してまでやる理由がよくわかる。
でもこれにより日本は安全保障の為にアメリカとの関係をより強固にする必要がある。だから日本は経済的損益を被ろうがTPPに参加せざるを得ない。アメリカにとっては非常に美味しい話だろう。


もしも中韓との軋轢がこれほどまでなければTPPへの参加は必然だったのか。とするとそういった状況を作るためにアメリカは中国と結託した可能性あるのでは。
いや、もしかするとそれら全て見越した上で日本は何か手を考えているのではないか。

こんな陰謀論の思巡や際限なき憶測は退屈しのぎにはもってこいだ。
無限の想像力に任せればどこまででも裏読みできた気になることができるだろう。


作品も同じようなもので自分の作品を見てるとどこまででも解釈できてしまう。
誰よりもその作品の近くにいるのだから当然だろう。そして自分の作品がまるで深いものだと誤解してしまうのだ。自惚れてしまったり、本質がぼやけてきてしまったり。
そもそも自分の作品にいろんな解釈を与えようとする行為自体がおかしいのかもしれないが、自分の気付いてないところに本質がある場合も多々ある。


これには注意したい。
自分の作品にはできる限り接近し、そしてしかるべき距離をとること。
これは常日頃心がけているつもりではある。

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日露戦争、数え歌

昔祖母が幼い頃に歌ってくれてた戦争に関する数え歌を大人になった今でも時折思い出すのだが、どうしても全ての歌詞を思い出せずもどかしかった。
それで大阪に帰った際に祖母に聞いてみた。

 いちれつらんぱん破裂して
 日露戦争始まった
 さっさと逃げるはロシアの兵
 死んでも尽くすは日本の兵
 五萬の兵を引き連れて
 六人残らず皆殺し
 七月八日の戦いに
 ハルピン辺りを攻落し
 クロバトンの首を取り
 東郷元帥万々歳


伝承によるものなので地方、記憶によって若干の差異はあるようでインターネットによるところ次の歌詞が一般的であるようだ。


 一列談判(らんぱん)破裂して
 日露戦争はじまった
 さっさと逃げるはロシアの兵
 死んでも尽くすは日本の兵
 五万の兵を引き連れて
 六人残して皆殺し
 七月十日の戦いに
 哈爾浜(はるぴん)までも攻め破り
 クロバトキンの首を取り
 東郷大将万々歳


まあ、大差ないか。
日露戦争に関する手鞠歌で数字が順に頭にくるように語呂遊びがされている。
僕は幼い頃この手鞠歌が好きだった。────祖母が歌ってくれていたからというのも大いにあるだろうが。
子どもが好む残酷性を含んでいたからなのか。
色んなものが軽く扱われているからだろうか。


これを聞いて軍国主義であった日本を連想させ、嫌悪感を抱く人もいるかもしれない。
とはいえそれが間違っていたとか正しかったとかはここで言及したくない。
改めて言うまでもなく戦争はことごとく正義と正義がぶつかり合いで起こる、そして歴史は勝者の正義を、敗者の正義は泥の中に・・・・
正義の定義なんてそんなところだろう。

後から自分の言葉を訂正したくなることを恐れず、アートというものを贔屓目に気取って発言するとすれば、

アートこそ汚れることのない正義なのだ。
各々が各々の正義を掲げ、人生に社会に挑んでいる。
だが決して戦争のように各々の正義がぶつかり合うことはない。


(ごめんなさい、書いたしりから消したくなったけどまあいいか)


特に関係はないが今日は靖国神社で御霊祭り。
少し覗いてみようかな。


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ありふれた友情の話

 僕が僕自身の現状に滞りを感じている時、苛立っている時に夢によく出てくる人物がいる。

 彼は大学時代共に野を駆け山を駆け回った友人だった──古典的な言い回しと感じるかもしれないが当時の多摩美周辺はトンネルも開通しておらず駅に出るのに山を越えなければいけなかったから然程外れてはいないだろう。
実際に彼は僕のことをどう思っていたかは知る由もないが僕は記憶の中からこのように受け取っている。ボロアパートに白熱球、安酒にレコード、世紀も跨ごうとしているのにそんな昭和の香りが立ち込めた部屋で夜が更けるまでくだらない話で盛り上がった。熱くなりすぎた僕らはアートパフォーマンスと称して街に出て警察に捕まったり、そして女が好きで数々の阿呆な事もした。

 今思えば僕は彼に憧れていたんだろう。彼はよく仰々しく人を誉めた、またよく侮蔑した。彼の知性に大ボラに、社交性が非常に高いと思えば面倒な事は容易に無視する、そして何よりもその行動力に。
僕にアートを教えてくれたのもまた彼だった。
彼は何かを整理したかったのか一度部屋にある一切のものを捨ててしまった、それは僕に今もなお守るべきものがないことを教えてくれる。

 学科の違った僕たちは大学も3年4年となりあまり会わなくなった。
卒業間近に彼と呑んだ時に学内に展示していた僕の卒業制作を見かけたようで、いつものように絶賛してくれた。

 最後に連絡をとったのは6年程前だった。彼は一体今何処で何をしているのだろうか。
若干知りたくはあるが僕は探したくない。
未だにアートをやっているのかもしれないし、世界のどこかを旅しているのかもしれないし、(全く想像できないが)会社なんかで働いているのかもしれない。元気でやっているのならばそれでいい。
いずれ会う時が来るだろうし、その時に堂々と会えたら僕はそれで十分だ。

その時の為に僕は今やるべきことをやろう。



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メローイエロー

例年より早い時期に到来した台風は長い間雨を降らせている。どうやら今年の夏も終わってしまったようだ。
どうもブログをあげるタイミングを忘れてて二ヶ月も前に書いたものを今更ながら上げる。
特筆すべき事もないが、僕のブログはいつだってそんなものだ。


  ********************************

最近復刻したというメローイエローという炭酸飲料を飲んだ。
「こんな味だったっけ?」
と思ったが、幼い頃飲んでいた記憶はあるものの味は覚えていなかったことに気づいた。僕の記憶の多くは中身が空っぽになっていて空き瓶のような形骸だけなのだろう。

僕は幼少の頃何を感じて何を考えていたのか説明できない。それは謎めいた不可思議なものではなくて何も考えていなかっただけな気がする。7歳の僕は朝顔を何を思って育てていたのだろう。何を思ってミニ四駆を改造してたのだろう。それらは血となり肉となっているのだろうから何かに直接繋がっていると考える方が野暮だと言われればそれまでだ。でもどうも腑に落ちない。

最近プールによく行くのだがプールの匂いや音・水をかく感覚が過去の記憶に結びつく。小学校の頃スイミングスクールを通っていたこともあって泳ぐのはそれなりに得意だったがどうすれば早く泳げるかなんて考えたこともなかった。今はどのようにすれば速く泳げるのか疲れずに泳げるのかと頭で考えながら四肢を動かすのが楽しい。

しかしそれら思考に気付く度に僕は少し落ち込んだ。そして過去の何も考えていなかった自分を疎んだ。一体僕はいつまで動物だったんだろうと。しかし美化された記憶はキラキラした空き瓶のような形骸に触れさせようとする。憎悪と愛執を孕んだ気味の悪い感情が僕にとってのノスタルジーだ。

とはいえ、未だに僕は物事をきっちり考えることができてるかなど甚だ疑問だ。何かと再会する時にメローイエローと同じような感情を持てれば成長しているという事にしておこう。


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強制的なシフト

日に日に陽気な日が増すというのにそれを歓迎できない世間も珍しい。
言うまでもないが電力の不足が懸念されているからだ。
本当に不足しているのかどうか僕に知る術はないが、3月の時のように計画停電を行うのであればさらに経済はダメージを受けるだろう。

今から書くことは特に目新しい事でも突飛な事でもないだろう。
それでも書くのは自分の中でも起きたことを整理をしておきたかったからだ。

今までわたしたちが求めていた豊かさは高度経済成長期に夢見てバブル期に成就させたものを延々と引き継いでいるに過ぎない。
贅沢な品々と豊潤なエネルギーによる快適で利便性に富んだ生活、それらを幸福の定義として戦後私たちは歩んできた。
それに対するカウンターカルチャーも幾度と存在した。しかしどれもマジョリティーとなり得なかった。
そして近年ではエコやロハスなどと言うビジネスモデルもあったが、これはダイエットのように飽食暖衣な時代が許容した華奢な遊びに過ぎない。

しかしそれは強制的にシフトされ実現不可能となってしまった。
この地にいる限り今までと同じ幸福は物理的に叶わなくなったのだ。

それでも私たちは「幸福」であろうとするだろう。
とはいえ今までとは違う新しい可能性を探さなくてはならない。
僕にとってアートとは新たな可能性を開示・思考する為の装置だ。それが現実として私たちの日常に起こるのだ。

人は成長する過程で無数にあった可能性を取捨選択を繰り返し成長していく。
これはあるひとつの可能性を鋭利化させる為の有効な手段だ。
世界の国家も同じようにそれぞれの可能性を模索し歩んできた。
共産主義や資本主義といった様々な思想が生まれ理想への指針をたてた。
しかし完全なものなどなく幾度も行き詰まりを見せ、さらに新しい可能性を模索し続けている。
その為には革命や有能な指導者が必要であろう。
日本では安保闘争以降デモに参加する無意味さを徹底して教育され、国民が主体となるような革命の種は紡がれた。
さらに高齢化社会によって保守的な老人が増大し民主制の意義は希薄化され、新たな指導者も誕生し難い国になっていたのではないか。
このままでは緩やかに死んでいくのは時間の問題であった。

そんな時にこの強制的なシフトが訪れた。
これに私たちはどうリアクションするのか。
原発事故により様々なものが露呈し普段私たちが考えることのなかったものに考える機会が増えた。都内でも毎週のように原発デモが起こっている。
何が起こり何が変化するのか。そしてその中で私たち個人個人はどのようなアティチュードを示すのか。
私たちは変われるのか。
これで変わることができなければ私たちには望みはないのかもしれない。

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