Kiichiro Adachi

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シャングリラ

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今回の展覧会名になっている「Shangri-La」、すなわち理想郷です。
私たちの求める理想郷とはいったい何なのでしょうか。
またそれはどのようにして私たちの心を満たしてくれるのでしょうか。
一つの可能性として、街に住む私たちは緑に囲まれることを望んでいるのかもしれません。
またそれは森や草原のようなものではなく人工の力で制御された植物で心を満たそうとするのではないでしょうか。
例えば観葉植物を部屋に置くように。
しかしそれで心が満たされるのではあれば誰がそれを非難できるのでしょう。
私たちはたとえそれが見せかけの楽園だと理解していてもそれを受け入れるのではないでしょうか。

/個展のDMに記載した文章より。



「エコ、ロハス」
これらの言葉が今回の個展でのテーマになっているものだ。
ここでは便宜上個々の言及は避け、一括りのものとして話を進めていく。
正直のところこれに対してどう発言するかには躊躇してしまう。
否定する必要もないと思うが、嫌悪してしまうことも多々ある。

学者が云うに今のままの生活を全人類がこの先ずっとしていくことは不可能だそう。
だから「エコ、ロハス」これらの言葉がビジネスコンセプトであって流行りから人の習慣に浸透していったとしても問題ないと思う。
世に飛び交う言葉は否応無しに私たちを浸食していくのだから。
無駄なものはいらない、健康は素晴らしい、そういった思想を当たり前のごとく持ち得るのかもしれない。
そうなれば私たちの探し求める楽園として刷り込まれたことになるんだろう。

とはいえ昔から僕は部屋に観葉植物を置く事さえも嫌いだった。
歯医者の待合室に置かれていたゴムの木の葉に埃が積もっていたのを見たからかもしれない。
幼い頃住んでいたマンションのリビングにあったパキラの植木に挿された栄養剤が点滴に見えたからかもしれない。

屋上が室外機で埋め尽くされ一日中唸りをあげているデパートの中にエコを謳っているお店が入る。
雨の日はそんなお店で買った小洒落た傘と小洒落た長靴を履いて代官山の小洒落たカフェで有機栽培された健康的なサラダを食べましょう。
晴れた日はかわいい服を着せた犬を綺麗に塗られたマニキュアの手で抱き上げたら車で少し郊外にでも行ってのんびりしましょう。

多くの人はそんな楽園が見せかけのものだという事ぐらい理解している。
はりぼての楽園だ。
だからゴムの木の埃やパキラの栄養剤で簡単に穴が空いてしまう。
それでも私たちはそれを楽園と思い描き、夢見るのか。

もし僕も「エコ、ロハス」が楽園だと信じていたらどうだろう。
いや、少なからず信じているかもしれない。
手に入れた文明をかなぐり捨てて自然に帰るなんて勇気を僕は持ち合わせていない。
かと言って楽園に憧れない訳ではない。
だとしたらそれの大半が見せかけの楽園だと理解した上で敢えて向かうのだろうか。

そう、きっと僕は悦楽に溺れる虚構を望む。
そして「エコ、ロハス」を賞賛・喝采し、理想郷と呼ばれる世界を創りたいと望むだろう。
我々人類の為の楽園を。



“Eco, LOHAS”
These words are the theme for this exhibition.
Scholars say that it is impossible for mankind to continue its current way of life. That’s why I think it’s okay if “Eco, LOHAS” are used as keywords for business concepts and permeate into people's daily habits as trends. Words that swirl around in this world encroach upon us whether we like it or not. So maybe it’s possible for beliefs such as, “there’s no need for excess,” or “healthiness is great” to become norms. If so, such ideas will become imprinted as the paradise that we wish to find.
And yet, I've always had an aversion to having houseplants in my room. Maybe it's because I once saw dust gathering on the leaf of a rubber tree in a dentist's waiting room. Or maybe it's because the living room in my childhood home had a Pachira plant with a fertilizer stick stuck in the soil that looked like an IV drip.
Let’s say that a store that bills itself as “eco-friendly” opens a shop in a department store whose rooftop is packed with air-conditioner exhausts that groan all day long. On a rainy day, stylish umbrellas and stylish rainboots purchased from this store are used to go to a stylish cafe in Daikanyama (a trendy district) to eat healthy organic salads. And on a sunny day, cutely-dressed dogs are held with perfectly manicured hands that drive out of the city to relax.
Many people realize that such a “paradise” is merely a façade. A makeshift paradise. That's why it's so easily ruptured by dusty rubber trees and fertilizer sticks for Pachira plants. Even so, do we picture such things as “paradise” and dream of it?
So what if I actually believed that “Eco, LOHAS” is a paradise? In fact, maybe I do believe in it more than a little. I don't have the courage to throw off all the gains of civilization to live in the wild. But at the same time, I still yearn for paradise. So, should I venture towards this idea even while understanding that most of it is fiction?
I think I would prefer the myth of drowning in pleasure. Then, I could praise and cheer “Eco, LOHAS” and be infatuated with the creation of a world that can be called Shangri-La...a paradise for mankind.

******************

シャングリラ @ZAIM
2009年2月27日(金)~3月8日(日)
11:00-19:00
opening party : 2月28日19:00~
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