Kiichiro Adachi

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フェイク、リアル

以前ある美術館のレセプションで出会った外人がそこに展示されている○○氏の作品を"This is a Chinatown Rolex !" と酷し説明してくれた。
その巧妙な形容に気をとられその場では軽く共感しただけだったが。
Rolexは知る人ぞ知る高度な技術力と革新的なアイデアにおいて不動の地位を得た腕時計メーカーである。またその知名度のおかげで世界中に出回る半分以上はフェイクだと云われている。しかしフェイクの存在がさらに本物の価値を上げているという側面も無視できない。
フェイクを徹底して取り締まらないのも(きりがないということももちろんあるだろうが)そのせいかもしれない。
ただ決して本物以上高価でないという制約において。

「Dolce」は公園などに設置されているスプリング遊具をモチーフにして作った子供用の高級玩具である。
行き過ぎた本物志向の一つの到達点として制作した。
前述したRolexのようにある優れたものができればチープなフェイクが横行する。
しかし本物よりも高価なフェイクがあればどうなるのか?
よく考えれば、公園にあるスプリング遊具はもともとウサギや子鹿を模した造形物であり、僕の作った「Dolce」は再びそれらを本物に戻しただけでもある。
そう捉えれば、
  リアル(スプリング遊具)→フェイク(この作品)
という構図ではなく、
  リアル(動物)→フェイク(スプリング遊具)→リアル(この作品)
という構図になってしまう。


Rolexはそのフェイクの多用さから収集家すら存在する。
日本の技術力というものも世界の進んだ製品をコピーすることから入りそれを追い越すかたちで発展をしてきた。
フェイクとリアル、そのどちらに価値があるのか、またどちらが真であるのか、判断は難しい。



Dolce is a luxury children’s toy made in the motif of “spring riders” found in playgrounds. When an exquisite product like the Rolex is created, cheap fakes abound. But, what if there are fakes that are more expensive than the real thing? When you think about it, the spring riders found in parks are molds made to look like rabbits and fawns. So, in a way, my creation only brings them back to being the real thing.

If you look at it that way,
Real (spring rider) > Fake (this piece)
is no longer the construct,
but instead it is:
Real (animal) > Fake (spring rider) > Real (this piece)

Due to the diversity of fake Rolexes, there are even people who collect them. Japan’s technology had its beginnings in copying the world’s advanced products, but then developed to overtake them. Fake and real... it’s difficult to judge which has more value, or which is the truth.


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