Kiichiro Adachi

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

右往左往

 なんでも二元論で語るのは好きではないが右翼左翼どちらかと問えば多くのアーティストはおそらく左翼と答えるだろう。それは右翼の意味が保守的・国粋主義的であることに対して左翼は革新的・理想主義的側面を持っていることからも理解できる。
とはいえアーティストは生まれた国や人種、性別、属する文化、傾倒する哲学といったアイデンティティーを表現するものだとされている。
決して白人がアフリカンアートを模倣してはいけないしキリスト教徒がイスラム教を題材とすることはできず男性がフェミニズムアートに加担することはできない。このタブーを踏めばアーティストは手酷いバッシングを受けるか最悪無視されることとなる。だからアーティストはこの「束縛」のもとに作品を制作する。──そのためにアートはしばしばポリティカルコレクトネスに陥り退屈なものとなってしまう、がこの話はまた別の機会で。
つまり多くのアーティストはその右翼的な武器を持ちながら左翼的思想で突き進んでいくという矛盾を孕んでいる。矛盾は良くも悪くもいつだって魅惑的だ。

***

 グレイソン・ペリーは陶芸作品だけでなく自身が女装したポートレイトの作品でも知られている。そのポートレイトはプラカードを掲げてデモをしていたり、満面の笑みでライフルを構えていたりと実に挑発的だ。しかしそれは自身の女装癖を利用してフェミニストを嘲笑しているようにも見えるしアーティストの「束縛」を軽く跳躍しているようでもある。

GraysonPERRY.jpg
Grayson PERRY / Claire at the Tate Gallery. 1999
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
>