Kiichiro Adachi

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コンセプトモデル

いつも自分の作品の統一性の無さを感じている。
誰かにプレゼンする時に不便を感じてきた。作る時に迷いが生じてきた。
前回記述した「ノスタルジー」はそれに統一性を持たせようと一年程前に記した文章だ。
作品のテーマを語る上でノスタルジーという言葉を使用する事はナンセンスだと思いながらもこれぐらいしか作品群を庇護する言葉が見当たらなかった。
時経てば駄文だと思いながらも載せてみたのは公に晒される事で何か見えてきたらいいなという願望から。
テーマとは作品に広がりや深みを与えるものだと思う。
しかし僕の書いたのはそれがむしろ強引な汎用さとして扱われ、結果作品の縮小、矛盾を生んでいた。

最近自分の作品にもようやくテーマなるものが自然に見えてきた気がする。
僕の作ろうとしているのは恐らくデザインに含有されていたまだ無骨で洗練されていない理想の状態のものなのかなと。
簡単にいえば恐らくデザインでいうコンセプトモデルみたいなものなのかなと。

僕は別に作品で自分を説明したいとも思わない。ただ日々触れえるものの多くが退屈であったり、もしくは触れれば郷愁に強襲されたりするだけ。(韻踏んでみた)
本来はこうあるべき、いやこういう可能性もあったんじゃないのか、などというものを作ってるだけなんだと思う。
だからもし僕の理想の世界が存在するならば何か作りたいとも思わないかもしれない。
でも僕がいるのはこの世界だしちょうどいいのかなと。


「偽りにまさる真実はこの世には有り得ない。なぜなら、偽りのみが、たぶん、退屈ではないから。」
/坂口安吾「恋をしに行く」より抜粋

この言葉を教えてもらった時心震えた。


MG_3131.jpg

写真は今作り途中の作品の一部。
どんな作品になるかお楽しみにしといてくださいな。


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