Kiichiro Adachi

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虹の彼方へ

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 この作品のコンセプトが未だ自分の中でうまく消化しきれていない。これはセンシティブな問題を扱っている、かといって当たり前の正義を語ることはひどく退屈だ。そんな状態で作品を発表すべきでないという批判もあるだろう。実際に同シリーズのコンセプト(更に未熟な状態のもの)を過去にSNS上に載せたところ注意と非難を受けた。まあ僕の至らない説明と誤魔化しを含んだ説明のせいなので仕方ない。
 ただ自分勝手な都合から言えば展示したり文字にしたりすることで気づくことも多いにある。今から記していくことは恐らくまとまりに欠ける文章になるだろうし未だ語弊を生む表現が含まれているかもしれない。言い訳をこれ以上重ねても仕方ないし、とにかく自分の為に文章を書こうと思う。

 これは虹色の風を発生させる装置。しかし欧米に持っていけばレインボーフラッグとなりLGBT(レズ、ゲイ、バイ、トランスジェンダー)の尊厳を守る為、そして多様性への理解を求めた運動の旗となる。この意味がほとんど通じない日本は悪い場所なのかといえばそんなことはないだろう。これは各々の国の歴史の差異が生んだものであり、日本のものを欧米に持っていった時に問題になるものは数多く存在する。
 例えばドラゴンボールのアニメにMr.ポポというターバンを巻いた肌が真っ黒な人物が出てくるが他国では黒人差別の観点から青い肌に変更されている場合がある。人気のビデオゲーム、ポケモンシリーズでも同じことが問題になった。ポケモンシリーズは基本的に二種類同時に発売するのだがその名称がブラックとホワイトだったことがあった。それ以外にも子供向けの戦隊モノ5人のヒーロー達はバラバラの人種に変更されている。
 このように単一民族国家のものを多人種国家に持っていけば様々な問題が表出する。では何故そのような差別が生まれたのかといえば、選民思想的な宗教や白人至上主義、奴隷を容認していた社会などと歴史を振り返れば無数に存在するだろう。いやここで特定の宗教や人種を批判を展開するつもりはない。話を戻す。
 差別撤廃や人権保護の観点から様々な規制や監視が入り私たちの行動や言動は制限を受けていく。同じ差別を繰り返さない為にそれに結びつく表現を控えるというのも理解できるが本来差別にならないものや時代の流れで差別表現ではなくなったものを無理矢理入れてしまおうとする連中がいるのも確かだ。それは臆病な者、もしくは差別からの利権を当てにしている者だ。後者は差別がいつまでも残ることを望む。彼らは被差別者故に批判を受けにくく、それどころか批判したものへの反撃も許されている。日本では一部の部落の同和問題やアイヌ問題などがそれに当たるだろう。その結果様々な発言や行動に制限がかかっていく。無駄に自由が奪われるのだ。
 もう少し話を戻す。LGBTの社会運動にレインボーフラッグがデザインされたのは1978年と比較的新しい。これを掲げ、またファッション化することで社会全体に認知される程の運動にまでなった。そして現在では法的にも同性婚が認められる国や州も出てきており、日本においても(法的ではないが)条例で容認しようとする自治体が出来てきていたりする。
やがて時が流れて同性愛などが当たり前となる時代が来るだろう。その時にはもうレインボーフラッグなどを掲げる必要はないのだ。虹は虹に返せばいい。しかし利権にしがみつく一定数の愚者はいつまでも同性愛差別がある社会を望みそれにまつわる言動行動の監視に努めるだろう。そして虹の旗を汚し続けるのである。いずれ空にかかる虹までを自分たちのものだと叫ぶかもしれない。
 僕のこの作品は虹色の風を発生させる装置である。レインボーフラッグとは関係なくこれは虹は虹である為に色んなものがまとわりつかないように回り続けているだけである。
そう、これはただの虹色の風を発生させる装置。

 関係ないがオズの魔法使いでジュディ・ガーランドが歌っていたあの歌が好きだ。虹の彼方へ……
Somewhere over the rainbow……
この作品のタイトルは “overdrive the rainbow” 。超回転、過励振する虹。


※励振(れいしん)=小さな振幅の刺激によって,大きな振幅の振動が引き起こされること。また,引き起こすこと。
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